企業年金とiDeCoの併用ルール改正。退職金控除への影響と受け取り方の最適解
「iDeCo(イデコ)と会社の企業年金、両方やっておけば老後は安泰だ」 「制度が改正されて、会社員でもiDeCoに入りやすくなったから、満額積み立てている」
2022年、そして2024年の制度改正により、企業年金(企業型DCや確定給付企業年金)がある会社員でも、iDeCoを併用しやすくなりました。 老後資金を厚くできるこの改正は、現役世代にとって非常に喜ばしいことです。
しかし、「入り口(積立)」が広くなった一方で、「出口(受け取り)」が地雷原になっていることをご存知でしょうか?
iDeCoと会社の退職金(企業年金)を、何も考えずに「定年だし、両方とも一括で受け取ろう」と手続きしてしまうと、税制上の「退職所得控除」の枠を共有してしまい、想定外の「税金(数十万円〜数百万円)」が発生するケースがあるのです。
この記事では、併用者が急増する今だからこそ知っておくべき、「退職金控除の重複ルール(5年ルール・19年ルール)」と、税金を最小限に抑えるための「受け取り順序の最適解」について解説します。
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1. そもそも「退職所得控除」とは? 税金ゼロの枠
まずは、退職金にかかる税金の仕組みをおさらいしましょう。 退職金やiDeCoを「一時金(一括)」で受け取る場合、「退職所得控除」という非課税枠が使えます。
この枠内であれば、税金はゼロ。 枠を超えても、超えた分の「2分の1」にしか税金がかからないという、最強の節税メリットがあります。
【退職所得控除額の計算式】
勤続(加入)20年以下: 40万円×年数
勤続(加入)20年超:800万円+70万円×(年数-20年)
例えば、勤続30年の場合、
800万円+70万円×10年=1,500万円
この金額までは、税金がかからずに受け取れます。
問題は、「iDeCo」と「会社の退職金」の2つを受け取る場合、この枠はどうなるのか? という点です。
2. 併用者を狙い撃つ「合算」の罠
結論から言うと、「同じ年」あるいは「近い時期」に両方を受け取ると、この控除枠は「1回分」しか使えません(合算されます)。
それぞれに1,500万円の枠があるわけではなく、2つの合計額に対して、最も長い勤続年数の枠を適用するルールになっています。
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iDeCo: 500万円
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会社の退職金: 1,500万円
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合計受け取り額: 2,000万円
もし控除枠が1,500万円なら、差額の500万円に対して税金がかかります。
「せっかくiDeCoで非課税運用したのに、最後に税金で持っていかれる」という悲劇は、ここで起こります。
これを回避するためには、「受け取る時期をずらす」必要があります。
しかし、ただずらせば良いわけではありません。「どちらを先に受け取るか」で、必要な空白期間(クールダウン期間)が劇的に変わるのです。
3. 「5年ルール」と「19年ルール」の決定的違い
ここがこの記事の最重要ポイントです。
2つの退職金を受け取る際、国税庁のルールには以下の2つの期間設定があります。
パターンA:【iDeCo】を先に受け取る場合
→ 必要な空白期間は「5年」
iDeCoを先に一時金で受け取り、その後「5年以上(正確には受給年の翌年から4年空けて5年目)」経過してから会社の退職金を受け取ると、それぞれの控除枠をフル活用できます(※勤続期間の重複調整がリセットされます)。
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60歳: iDeCoを受け取る(iDeCoの加入期間で控除枠を使う)。
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65歳: 会社の退職金を受け取る(勤続年数で控除枠を再度フルに使う)。
これが、最も税金がかからない「黄金ルート」です。
パターンB:【会社の退職金】を先に受け取る場合
→ 必要な空白期間は「19年」
逆に、会社の退職金を先に受け取ってしまうと、iDeCoの控除枠を復活させるためには、なんと「19年(正確には受給年の翌年から19年)」も空けなければなりません。
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60歳: 会社の退職金を受け取る。
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次、iDeCoを控除フル活用で受け取れるのは: 80歳以降
iDeCoの受け取り期限は「75歳」までなので、現実的にこの「19年ルール」をクリアするのは不可能です。
つまり、「会社が先、iDeCoが後」の順序で一時金を受け取ると、iDeCo分の控除枠は大幅に削られ、課税される可能性が非常に高くなります。
4. 改正で選択肢が増えた! 「3つの最適解」
企業年金とiDeCoを併用している人は、どうすれば手取りを最大化できるのでしょうか。
2022年の改正でiDeCoの受取開始年齢が「75歳」まで延長されたことも踏まえ、3つの戦略を提案します。
戦略①:黄金ルート「iDeCo 60歳 → 退職金 65歳」
もし、会社の定年が65歳、あるいは退職金の受け取り時期を65歳まで遅らせることが可能なら、この方法がベストです。
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60歳になったら、iDeCoを一時金で全額受け取る。
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iDeCoは加入期間が短いため、一時金が少なくても控除枠内に収まりやすいです。
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65歳で退職し、会社の退職金を受け取る。
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5年空いているため、退職所得控除の「重複期間の調整」がなくなり、勤続年数(例えば35年など)の大きな枠を丸ごと使えます。
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戦略②:同時なら「iDeCoは一時金、会社は年金」
「60歳で定年退職し、両方受け取る権利が発生してしまう」という場合です。
両方を一時金にすると合算されて税金が高くなるため、「出口(受け取り方)」を変えます。
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iDeCo: 「一時金」で受け取り、退職所得控除を優先して使う。
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会社の退職金: 「年金形式(分割)」で受け取る。
会社の退職金(企業年金)を分割で受け取ると「雑所得(公的年金等)」扱いになります。
一時金にかかる税金を回避しつつ、毎年の公的年金等控除(60代前半なら年60万円など)を利用して節税します。
戦略③:会社が先なら「iDeCoは75歳まで寝かせる」
すでに会社を早期退職などで辞めており、退職金を受け取ってしまった場合(19年ルールの罠にかかった場合)。
iDeCoをすぐに一時金で受け取ると税金がかかるため、iDeCoの運用を「75歳ギリギリ」まで続けます。
そして、受け取り時は「一時金」にこだわらず、公的年金の受給額を見ながら「年金形式」で少しずつ取り崩すのが賢明です。
時間はかかりますが、非課税運用期間を延ばせるメリットを享受しましょう。
5. 注意点:iDeCoの「加入期間」に注意
iDeCoを「60歳で先に受け取る」戦略をとる場合、一つ注意点があります。
それは、「iDeCoの加入期間が短いと、控除枠も小さい」ということです。
50代からiDeCoを始めた場合、加入期間は10年程度。
控除枠は 40万円×10年} = 400万円しかありません。
もし運用が好調で、資産が600万円になっていた場合、差額の200万円には税金がかかります。
それでも「会社の退職金とぶつかる」よりはマシですが、iDeCoの残高と加入期間のバランス計算は必須です。
まとめ:出口戦略は「60歳」の5年前から
iDeCoと企業年金の併用は、資産形成のスピードを加速させますが、ゴールの瞬間に「税金の落とし穴」が待っています。
【結論:併用者の鉄則】
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基本は「iDeCoを先(60歳)」、「会社の退職金を後(65歳以降)」にする。
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ずらせないなら、「片方を一時金、片方を年金」に分散する。
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絶対に「会社が先、iDeCoが後(5年以内)」の一時金リレーは避ける。
「まだ先のことだから」と思っていると、あっという間に定年を迎えます。
特にiDeCoは「60歳時点での受け取り手続き」を自分で行わなければなりません。会社は教えてくれません。
あなたの手元に残るお金を最大化するために。
55歳を過ぎたら、一度「受け取りカレンダー」を作ってみることを強くお勧めします。
