遺留分を侵害する生前贈与は無効? 兄弟間の不公平感をなくす生前の配慮
「長男は家業を継いでくれるから、全財産を譲りたい」 「次女は全く顔を見せなかったから、遺産は一銭もやりたくない」
親として、特定の子供に多くの財産を残したい、あるいは逆に渡したくないと考える事情は、どの家庭にもあるでしょう。 そこでよく行われるのが、生前に財産を移してしまう「生前贈与」や、「全財産を〇〇に相続させる」という遺言書の作成です。
しかし、ここで立ちはだかるのが、民法で定められた「遺留分」という強力な権利です。
「遺留分を無視した贈与は、法律違反で無効になるの?」 「もらった財産を返さなきゃいけないの?」
結論から言うと、贈与自体は「無効」にはなりません。しかし、後で「金銭」での精算を求められるリスクがあります。
この記事では、遺留分を侵害する生前贈与の法的効力と、兄弟間の不公平感を解消し、将来の「争族(そうぞく)」を防ぐための生前の配慮について解説します。
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1. 結論:遺留分を侵害しても、贈与は「有効」
まず、最大の誤解を解いておきましょう。 たとえ遺留分(最低限の取り分)を無視して、「全財産を長男に贈与する」という契約を結んだとしても、その贈与契約自体は「有効」です。
法律は、個人の財産処分の自由を認めているため、「自分の財産を誰にどうあげようが自由」というのが大原則だからです。
しかし、「お金」で請求される
贈与自体は有効で、名義変更も可能です。しかし、遺留分を侵害された他の相続人(例えば次男)は、多くもらった人(長男)に対して、「私の最低限の取り分(遺留分)に足りない分を、お金で払ってください」と請求する権利を持っています。
これを「遺留分侵害額請求」といいます。
【昔と今の違い】 以前(2019年6月まで)は、「現物を返せ(不動産の持分をよこせ)」という請求ができましたが、法改正により、現在は「金銭での支払い」に一本化されました。 つまり、長男は家を守ることはできますが、その代わり数百万円、数千万円という現金を一括で支払わなければならないリスクを負うことになったのです。
2. そもそも「遺留分」とは? 誰にいくらあるのか
遺留分とは、残された家族の生活保障のために、最低限確保されている遺産の取り分のことです。
遺留分がある人・ない人
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ある人: 配偶者、子供(代襲相続人である孫)、直系尊属(親)
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ない人: 兄弟姉妹(およびその子である甥・姪)
※「兄弟姉妹には遺留分がない」というのは非常に重要なポイントです。子供がいない夫婦の場合、配偶者や親に全財産を譲れば、兄弟からの文句は法的に封じることができます。
いくら請求できる?(計算式)
基本的には、「法定相続分の半分(1/2)」が遺留分となります(※相続人が親のみの場合は1/3)。
【例:父が亡くなり、相続人は長男・次男の2人。遺産総額4,000万円】 父が「全財産を長男に」と遺言または贈与した場合。
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本来の法定相続分:長男2,000万円、次男2,000万円
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次男の遺留分:2,000万円 × 1/2 = 1,000万円
長男は4,000万円をもらえますが、次男から請求されたら1,000万円を現金で支払う義務が生じます。
3. 「過去の贈与」はどこまで遡(さかのぼ)る?
ここが最もトラブルになりやすい点です。 「生前贈与なら、昔のことだから関係ないだろう」と思っていませんか?
実は、遺留分を計算する際、相続時の財産だけでなく、「過去に行われた生前贈与」も持ち戻して(足し戻して)計算されます。
2019年法改正による「10年ルール」
現在、相続人に対する生前贈与で、遺留分の計算対象になるのは、原則として「相続開始前(亡くなる前)10年間」のものに限られます。
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亡くなる5年前に長男にあげた1,000万円 → 計算に入る(遺留分請求の対象)
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亡くなる20年前に長男にあげた1,000万円 → 原則、計算に入らない(セーフ!)
つまり、「早めに贈与を始めて、10年以上長生きする」ことが、遺留分トラブルを回避する一つの有効な手段となります。
※ただし、「他の相続人に損害を加えることを知って行った贈与(悪意の贈与)」の場合は、10年以上前でも対象になります。
4. 兄弟間の不公平感をなくす! 4つの生前対策
「長男に家を継がせたいから、次男に遺留分を請求されたら困る」 「でも、次男とも揉めたくない」
このような場合、親ができる配慮にはどのようなものがあるでしょうか。
対策①:生命保険を活用して「別枠」を作る
生命保険の死亡保険金は、原則として「受取人固有の財産」となり、遺産分割の対象外です(※極端に高額な場合を除く)。
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長男: 不動産を贈与または相続させる。
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次男: 生命保険金の受取人にしておく。
こうすることで、次男に「現金」を確実に渡すことができ、不公平感を和らげると同時に、遺留分請求を思い留まらせる材料になります。 逆に、長男を受取人にしておき、入ってきた保険金を遺留分の支払いに充てさせる(代償金の原資にする)という方法もあります。
対策②:生前に「遺留分の放棄」をしてもらう
もし、次男が「兄さんが家を継ぐなら、僕は財産はいらないよ」と納得しているなら、生前に「遺留分の放棄」手続きをしてもらうことができます。
ただし、これには家庭裁判所の許可が必要です。「念書を書かせる」だけでは法的に無効です。 裁判所は「本人の自由意思か?」「代わりの対価(生前贈与など)をもらっているか?」を厳格に審査します。 「結婚資金を援助する代わりに、遺留分は放棄してね」という取引なら、認められる可能性があります。
対策③:付言事項(ふげんじこう)で「想い」を伝える
遺言書を書く際、法的効力はありませんが、最後に家族へのメッセージを残すことができます。これを「付言事項」といいます。
「長男には、先祖代々の家を守ってほしいので不動産を譲ります。次男は、大学進学や留学で多額の援助をしてきたので、今回は我慢してほしい。兄弟仲良く助け合ってください」
このように、「なぜその配分にしたのか」という親の意図を丁寧に記すことで、子供たちの納得感が全く違ってきます。 裁判沙汰になるケースの多くは、「理由がわからず、ないがしろにされたと感じた時」に起こるからです。
対策④:10年計画で早めに贈与する
前述の通り、相続人への贈与は10年経てば遺留分の対象から外れます(原則)。 元気なうちから暦年贈与などを活用し、少しずつ財産を移転させておくことで、将来の遺留分算定の基礎となる財産を圧縮し、請求される額を減らすことができます。
5. まとめ:法律論の前に「感情」のケアを
「遺留分を侵害する贈与」は無効ではありませんが、残された家族(特にもらった人)に「多額の借金(支払い義務)」を背負わせる時限爆弾になりかねません。
法律で勝つこと(遺留分を減らすこと)も大切ですが、もっと大切なのは「兄弟が一生、口をきかなくなる事態」を避けることではないでしょうか。
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早めの贈与(10年ルール活用)
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生命保険でのバランス調整
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付言事項での説得
この3つを組み合わせることで、「不公平だけど、親父の頼みなら仕方ないか」と子供たちが納得できる着地点を探してください。 それができるのは、財産を持っているあなただけです。
