「遺留分侵害額請求」トラブルを防ぐ! 遺言書作成時の具体的な配慮事項
「全財産を長男に譲る」 「面倒を見てくれた妻にすべてを残したい」
遺言書を作成する際、このような想いを込めるのは自然なことです。しかし、この「偏った内容の遺言書」こそが、残された家族を泥沼の裁判に引きずり込む引き金になることをご存知でしょうか?
日本の法律には、一定の相続人に対して最低限の遺産取り分を保証する「遺留分(いりゅうぶん)」という強力な権利が存在します。これを無視した遺言書を書くと、何ももらえなかった相続人から、財産を多くもらった相続人に対して「遺留分侵害額請求」という金銭の請求がなされます。
特に2019年の法改正により、この請求は「現物の返還」から「金銭(現金)での支払い」へとルールが一本化されました。これにより、遺産をもらったはずの人が「現金がなくて破産する」という事態すら起きているのです。
この記事では、あなたの遺言書が家族の争いの火種にならないよう、遺留分の基礎知識と、トラブルを未然に防ぐための具体的な配慮事項(テクニック)を解説します。
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1. そもそも「遺留分」とは? 権利を持つのは誰か
遺留分とは、「最低限これだけは相続できる」という保証された取り分のことです。遺言書で「赤の他人に全額寄付する」と書かれていても、遺留分を持つ家族は「ちょっと待った」と言って取り返すことができます。
誰が権利を持っている?
ここが最初の重要ポイントです。すべての相続人に遺留分があるわけではありません。
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権利がある人: 配偶者、子(子が亡くなっていれば孫)、直系尊属(親など)。
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権利がない人: 兄弟姉妹(およびその子である甥・姪)。
【ここがポイント!】
あなたに子供がおらず、親も他界している場合、相続人は「配偶者と兄弟姉妹」になります。このケースでは、兄弟姉妹に遺留分がないため、「全財産を妻に」という遺言書を書けば、100%妻に財産を渡すことができ、トラブルも起きません。
遺留分の割合は?
基本的には、本来もらえるはずだった法定相続分の「半分(1/2)」です。
(※相続人が親のみの場合は1/3ですが、レアケースなので基本は半分と覚えてください)
遺留分 = 法定相続分×1/2
例えば、相続人が「長男と次男」の2人で、遺産が1億円の場合。
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本来の法定相続分:各5,000万円
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次男の遺留分:2,500万円
もし「長男に全財産(1億円)を譲る」という遺言があった場合、次男は長男に対して2,500万円の現金を請求する権利を持ちます。
2. 2019年法改正の衝撃! 「現金」がないと詰む
以前は、遺留分を請求されたら「不動産の持分を半分返す」といった現物での対応が可能でした。しかし、法改正により「侵害された額を『金銭』で支払わなければならない」というルールに変わりました。
これが何を意味するか、具体的な悲劇で見てみましょう。
実家を継いだ長男の悲劇
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遺産: 実家(評価額3,000万円)のみ。預金はほぼなし。
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相続人: 長男と次男。
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遺言: 「実家は長男に継がせる」
この場合、次男の遺留分は750万円(3,000万円 ×1/4)です。
次男が「遺留分を払え」と言ってきたら、長男は自分の貯金から750万円を即座に払わなければなりません。
もし長男に手持ちの現金がなければ?
→ せっかく相続した実家を売却して、現金を作らざるを得なくなります。
これでは、「実家を守りたい」という親の願いは叶いません。だからこそ、遺言書を作る段階での「現金の準備」が不可欠なのです。
3. トラブルを防ぐ! 遺言書作成「4つの防衛策」
遺留分トラブルを回避するために、遺言書作成時に組み込むべき具体的なテクニックを紹介します。
対策①:最初から「遺留分相当の現金」を渡す内容にする
最もシンプルな方法は、遺留分を侵害しない内容にすることです。
特定の人に多く渡したい場合でも、他の相続人に対して「遺留分ギリギリの額(またはそれ以上)」を相続させるよう配分します。
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悪い例: 「全財産を長男に」
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良い例: 「不動産は長男に、預金〇〇万円は次男に相続させる」
※この預金額が遺留分(全体の1/4など)を満たしていれば、請求されることはありません。
対策②:生命保険を活用して「代償金」を用意する
不動産ばかりで現金が足りない場合、「生命保険」が最強の武器になります。
死亡保険金は、原則として遺産分割の対象外(受取人固有の財産)ですが、遺留分を支払うための「原資(現金)」として使うことができます。
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方法:
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不動産を継がせたい人(例:長男)を受取人にして生命保険に加入する。
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長男は、受け取った保険金を使って、他の兄弟に遺留分相当額(解決金)を支払う。
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これにより、長男自身の腹を痛めることなく、実家を守りながら兄弟にお金を渡すことができます。
対策③:「付言事項(ふげんじこう)」で情に訴える
遺言書の最後に、家族へのメッセージを書く欄があります。これを「付言事項」と言います。法的効力はありませんが、日本人の心情には非常に強く響きます。
なぜ配分に差をつけたのか、その「理由」と「願い」を丁寧に書いてください。
【付言事項の例】
「長男には不動産を譲ることにした。これは、先祖代々の土地を守り、母さんの介護も引き受けてくれる長男への負担を考えてのことだ。次男には少なく感じるかもしれないが、お前が家を建てるときに援助した500万円も含めて考えてほしい。兄弟仲良く、助け合って暮らしてほしいというのが父の最後の願いだ。」
このような言葉があるだけで、「親父の気持ちなら仕方ないか」と、遺留分請求を思いとどまるケースは多々あります。逆に、理由もなく差をつけると「兄貴が親父を騙して書かせたんだ!」と怒りを買うことになります。
対策④:遺言執行者を指定しておく
遺留分請求は、相続人同士が直接やり取りすると感情的になりがちです。
遺言書の中で、弁護士や司法書士などの専門家を「遺言執行者」に指定しておきましょう。第三者が間に入ることで、冷静に法的な計算(遺留分の算定)が行われ、泥沼化を防げます。
4. 【上級編】どうしても渡したくない時の「除外」
「ドラ息子には1円もやりたくない」「虐待されていた」など、特別な事情がある場合は、以下の法的手段も検討できます。ただし、ハードルは非常に高いです。
相続人の「廃除(はいじょ)」
被相続人(あなた)に対して虐待や重大な侮辱をした相続人の権利を、家庭裁判所の許可を得て剥奪する制度です。
遺言書に「長男を廃除する」と書き、その理由を具体的に記しておきます。ただし、単に「仲が悪い」程度では認められません。
生前に「遺留分の放棄」をしてもらう
相続が発生する前(生前)に、相続人自身が家庭裁判所に申し立てて「私は遺留分はいりません」と放棄することができます。
(例:事業資金を援助する代わりに、将来の遺留分は放棄してもらう等)
これも裁判所の許可が必要で、「本人の自由意志であること」や「見返り(代償)があること」などが厳しく審査されます。
まとめ:遺言書は「計算機」と「手紙」の両方が必要
「自分の財産なんだから、好きにしていいだろう」
その気持ちは分かりますが、法律は「残された家族の生活保障」や「公平性」も重視しています。
遺留分を無視した遺言書は、愛する家族に「裁判の種」を蒔くのと同じです。
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誰に遺留分があるか確認する(兄弟にはない)。
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侵害する場合、支払うための「現金」があるか確認する。
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現金がなければ「生命保険」で用意する。
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「付言事項」で想いを伝える。
このステップを踏むことで、あなたの遺言書は単なる「財産目録」から、家族の絆を守る「最強の契約書」へと進化します。
