高額療養費制度があるから医療保険はいらない? 公的保障でカバーできない費用とは
「医療保険なんて入る必要はない。日本には世界最強の公的保険があるのだから」
SNSやマネー本で、このような主張を目にすることが増えました。 確かに、日本の健康保険制度は非常に優秀です。特に「高額療養費制度」を使えば、どんなに医療費がかかっても、ひと月の自己負担額は数万円〜10万円程度に抑えられます。
「じゃあ、やっぱり民間の医療保険はムダ金なの?」
そう結論づけるのは、少し早計かもしれません。 なぜなら、高額療養費制度は「医療費」の負担は軽くしてくれますが、入院生活にかかる「医療費以外の出費」まではカバーしてくれないからです。
いざ入院したとき、 「えっ、個室代ってこんなにかかるの?」 「入院中の食事代は全額自己負担なの?」 「会社を休んだ分の給料はどうなるの?」
こうした「公的保障の穴(自己負担の盲点)」を知らずに保険を解約してしまうと、貯蓄を一気に切り崩すことになりかねません。
この記事では、高額療養費制度の仕組みを正しく理解した上で、制度ではカバーできない「5つの費用」と、それを踏まえた「医療保険の要・不要」の最終判断基準について解説します。
![]()
1. 日本の守護神「高額療養費制度」の実力
まずは、公的保険の凄さを再確認しておきましょう。
私たちは病院の窓口で「3割」の医療費を支払います。 しかし、大手術や長期入院で医療費が100万円かかった場合、3割負担でも「30万円」になります。これは家計にとって大打撃です。
そこで登場するのが「高額療養費制度」です。 これは、年齢や年収に応じて、ひと月に支払う医療費の上限(自己負担限度額)を決めてくれる制度です。
一般的な会社員(年収約370万〜770万円)の場合
計算式は少し複雑ですが、ざっくり言うと「月額 8万円〜9万円程度」が上限になります。
-
窓口での請求額: 30万円(3割負担)
-
高額療養費の適用後: 約8万7,000円(自己負担)
-
→ 差額の約21万円は、あとで戻ってくるか、事前の手続き(限度額適用認定証)で支払わなくて済みます。
-
「どんな大病でも、月9万円で済む」。 これが、「貯金があれば医療保険はいらない」と言われる最大の根拠です。
2. ここが落とし穴! 制度対象外の「5つの費用」
しかし、入院請求書を見て多くの人が青ざめるのは、この「高額療養費の対象外」となる費用の存在です。 これらは全額、あなたの財布から支払わなければなりません。
① 差額ベッド代(個室代)
これが最も高額になりやすい費用です。 大部屋(4人〜6人部屋)なら無料ですが、プライバシーや感染症対策、あるいは「大部屋が空いていない」などの理由で個室(少人数部屋)に入ると、1日ごとに料金がかかります。
-
平均額: 1日あたり 約8,300円(1人部屋の場合)
-
負担額: 10日入院すると 8万3,000円
これは公的保険がきかないため、全額自己負担です。 「大部屋でいい」と思っていても、手術直後の辛い時期に隣のいびきや生活音に耐えられず、結局個室を希望するケースは非常に多いです。
② 入院中の食事代(食事療養標準負担額)
入院中に出される食事も、タダではありません。 1食あたり460円の固定額(※一般所得者の場合)がかかります。
-
負担額: 1日3食 × 460円 × 10日間 = 13,800円
これも高額療養費の計算には含まれません。
③ 先進医療の技術料
がん治療などで、公的保険が適用されていない最新の治療(先進医療)を受ける場合。 診察料などは保険がききますが、先進医療の「技術料」部分は全額自己負担となります。
-
例: 陽子線治療、重粒子線治療など
-
費用: 約300万円前後
確率は低いですが、もしこれを選択する場合、貯金か「がん保険(先進医療特約)」がないと、治療を諦めざるを得ない金額になります。
④ 日用品・交通費・お見舞いのお返し
入院には、パジャマやタオルのレンタル代、テレビカード代、家族が病院に通う交通費などがかかります。地味ですが、積み重なると数万円になります。
⑤ 働けない間の「収入減」
会社員には「傷病手当金(給料の約3分の2が支給)」がありますが、自営業やフリーランスにはそれがありません。 入院して働けない期間は、そのまま「収入ゼロ」に直結します。 治療費がかかる上に収入が止まる。この「ダブルパンチ」は、貯金を猛スピードで溶かしていきます。
3. シミュレーション:実際、入院したらいくらかかる?
では、実際に「10日間入院して手術を受けた」場合の総額を計算してみましょう。 (※年収500万円の会社員、個室を5日間利用した場合)
-
治療費(高額療養費適用): 約 87,000円
-
差額ベッド代(5日分): 8,000円 × 5日 = 40,000円
-
食事代(10日分): 460円 × 30食 = 13,800円
-
雑費・交通費: 約 10,000円
合計支払額: 約 150,800円
いかがでしょうか。 「高額療養費があるから8万円で済む」と思っていたら、実際には「約15万円」の請求が来ることになります。 もし全期間個室を使ったり、入院が長引いたりすれば、20万円、30万円と膨れ上がります。
4. 医療保険がいる人・いらない人の境界線
以上の「見えないコスト」を踏まえた上で、あなたは民間の医療保険に入るべきでしょうか? その判断基準は、「貯蓄額」と「働き方」にあります。
【医療保険がいらない人】(解約してもOK)
以下の条件に当てはまるなら、保険料を払うよりも「貯金」で備える方が合理的です。
-
自由に使える貯蓄が「200万円〜300万円以上」ある。
-
20万〜30万円の入院費をポンと払っても、生活が揺るがない人。
-
-
会社員・公務員で、有給休暇がたっぷりある。
-
短期入院なら有給で処理でき、長期でも傷病手当金があるため、収入減のリスクが低い。
-
-
「個室なんて贅沢だ、絶対に大部屋でいい」と割り切れる。
【医療保険が必要な人】(入っておくべき)
逆に、以下の人は保険という「お守り」を持っておくべきです。
-
貯蓄が「100万円未満」で、急な出費に耐えられない。
-
入院費を払うと生活費が枯渇してしまう人。
-
-
自営業・フリーランスの方。
-
入院=収入ストップとなるため、医療費だけでなく「生活費の補填」として給付金が必要です。
-
-
小さなお子さんがいる家庭。
-
教育費などでお金がかかる時期に、親の病気で貯金を崩したくない場合。
-
-
「もしもの時は、お金を気にせず個室や先進医療を選びたい」人。
-
精神的な安心感をお金で買いたい人。
-
5. 最低限入るなら? コスパ重視の選び方
「不安だから入りたいけど、高い保険料は払いたくない」 そんな方におすすめの、賢い保険の入り方を紹介します。
① 「都道府県民共済」を利用する
月額2,000円〜4,000円で、入院・手術・死亡保障がセットになっています。 保障額は大きくありませんが、「高額療養費制度の自己負担分(8万円程度)」と「差額ベッド代」をカバーするには十分なコストパフォーマンスです。
② 日額5,000円の「掛け捨て単品」にする
特約をてんこ盛りにするのではなく、「入院日額5,000円 + 先進医療特約」だけのシンプルなネット保険を選びます。 30代・40代なら月額1,000円〜2,000円程度で加入できます。
③ 「がん保険」だけ入る
普通の入院は貯金で払うと割り切り、治療費が青天井になりやすい「がん」にだけ備える方法です。 「がん診断一時金(100万円など)」が出るタイプなら、治療費だけでなく生活費の補填にも使えます。
まとめ:保険は「損得」ではなく「選択肢」を買うもの
「高額療養費制度があるから、医療保険は不要だ」というのは、数字上の計算(損得勘定)では正しいかもしれません。 生涯で支払う保険料の方が、受け取る給付金より多くなる確率は高いからです。
しかし、保険には「選択肢を買う」という役割があります。
-
お金の心配をせずに、個室でゆっくり静養する選択肢。
-
貯金を減らさずに、最先端の治療を受ける選択肢。
-
家族に「お金のことは心配しなくていいよ」と言える選択肢。
公的制度でカバーできない「プラスアルファの出費」を、貯金で賄うか、保険で賄うか。 ご自身の貯蓄残高と、理想とする療養環境を天秤にかけて、最適なバランスを選んでください。
