遺言書だけでは不十分? 「家族信託」と「遺言」の決定的な違いとは

「終活」の一環として、遺言書を書く方が増えています。 「自分が死んだ後、子供たちが揉めないように」という親心は素晴らしいものです。

しかし、残念ながら「遺言書さえあれば万全」というのは大きな誤解です。

遺言書には、ある決定的な「弱点」があります。それは、「あなたが生きている間は、紙切れに過ぎない」という点です。

もし、あなたが亡くなる前に認知症になり、判断能力を失ったら? その瞬間、あなたの資産は凍結され、介護費用すら引き出せなくなるリスクがあります。この「空白の期間」を埋めることができる唯一の仕組みが「家族信託」です。

この記事では、混同されがちな「遺言」と「家族信託」の決定的な違いを解説し、あなたの家族を守るための最適な組み合わせ方をご提案します。

1. 最大の違いは「効力が発生するタイミング」

両者の違いを一言で言うなら、「いつ役に立つか」です。

遺言書:亡くなった瞬間にスイッチが入る

遺言書は、あなたの心臓が止まったその瞬間から効力を発揮します。

逆に言えば、あなたが生きている限り、どんなに重い認知症になっても、寝たきりになっても、遺言書は何の効力も持ちません。

その間の財産管理については、遺言書はノータッチなのです。

家族信託:元気な今からスイッチを入れられる

家族信託は、契約したその日から効力を発揮させることができます。

「自分が元気なうちは自分で管理し、認知症になったら自動的に子供にバトンタッチする」という設計も可能です。

つまり、「老後の生活(認知症対策)」と「死後の資産承継(相続対策)」の両方をカバーできるのが家族信託です。


2. 一目でわかる! 「遺言」vs「家族信託」比較表

機能の違いを表で整理してみましょう。

比較項目 遺言書 家族信託
効力発生 死亡時 契約時(または認知症発症時)
認知症対策 × できない(資産凍結のリスクあり) ◎ できる(資産凍結を防げる)
財産の承継先 自分の次の代(子など)まで指定可能 次の次の代(孫など)まで指定可能
身上監護 × できない(施設入居契約などは不可) × できない(※成年後見制度が必要)
初期費用 安い(数万円〜) 高い(数十万円〜)
柔軟性 書式が厳格。書き直しが必要。 契約内容を柔軟に設計できる。

3. 「遺言書」だけでは防げない! 資産凍結の恐怖

ここで、遺言書だけを作成していたAさん(80歳)の悲劇的な事例をご紹介します。

【事例:Aさんの誤算】

Aさんは、「長男に自宅を、次男に現金を譲る」という公正証書遺言を作成し、安心して老後を過ごしていました。

しかし85歳で重度の認知症を発症。施設に入居することになり、入居一時金として1,000万円が必要になりました。

長男は「父の遺言書には、自宅は僕に譲ると書いてある。だから僕が自宅を売って費用を作ろう」と考えました。

しかし、不動産会社と司法書士に止められます。

「お父様はご存命ですので、遺言書はまだ無効です。また、お父様は認知症で意思確認ができないので、自宅を売ることはできません」

これが「資産凍結」です。

結局、Aさんの家族は、煩雑で費用の高い「成年後見制度」を利用せざるを得なくなりました。遺言書は「死後の揉め事」は防げても、「生前の困り事」には無力なのです。

もしAさんが「家族信託」を結んでいれば、受託者である長男の判断ですぐに自宅を売却し、スムーズに施設費用を捻出できていました。


4. 家族信託にしかできない「二次相続」の指定

もう一つ、家族信託には遺言にはない強力な機能があります。それは「数世代先まで資産の行き先を決められる(受益者連続型信託)」という点です。

  • 遺言の場合:

    「妻に全財産を譲る」とは書けますが、「妻が死んだら、その残りを長男へ」とは書けません(書いても無効です)。妻のものになった財産をどうするかは、妻の自由だからです。

  • 家族信託の場合:

    「まずは妻のために使い、妻が亡くなったら残りを長男へ。もし長男も亡くなっていたら孫へ」というように、財産のバトンリレーを契約で縛ることができます。

    「先祖代々の土地を、確実に直系の子孫に守らせたい」といったケースで非常に有効です。


5. それでも「遺言」が必要なケースとは?

ここまで家族信託のメリットをお伝えしましたが、遺言書が不要なわけではありません。家族信託にも苦手な分野があるからです。

家族信託が苦手なこと

  1. 「財産全部」を包括するのは面倒

    家族信託は、信託する財産(不動産A、預金口座Bなど)を一つ一つ特定して契約します。家財道具や、契約後に増えた預金など、信託契約に入っていない財産については、別途「遺言書」で行き先を指定する必要があります。

  2. 身上監護権(しんじょうかんごけん)がない

    家族信託でできるのは「財産管理」だけです。親の代わりに「老人ホームの入居契約」や「手術の同意」をすることはできません(※これは成年後見制度の領域ですが、実務上は家族が代行して認められることも多いです)。

賢い使い分け:「ハイブリッド」が最強

最も安心なのは、両方を組み合わせることです。

  • 【家族信託】: 自宅やまとまった預金など、「認知症になったら動かせなくて困る主要な資産」を信託する。

  • 【遺言書】: 信託しなかった残りの財産(年金口座の残りや家財など)の行き先を指定する。

この「二段構え」にしておけば、生前の認知症対策も、死後の相続対策も完璧です。


まとめ:あなたの「安心」はどこまで必要?

「遺言」と「家族信託」。どちらが良い悪いではなく、守備範囲が違うのです。

  • 「自分が死んだ後のことだけ」心配なら、費用の安い「遺言書」で十分です。

  • 「自分がボケてしまった後の生活や、家族の負担」まで心配なら、「家族信託」が必要です。

人生100年時代、認知症になるリスクは誰にでもあります。

「死んでから」効く薬(遺言)だけでなく、「今から死ぬまで」効き続ける薬(家族信託)を持っておくことが、あなたとご家族の笑顔を守ることに繋がります。

本記事の内容は、原則、記事執筆日時点の法令・制度等に基づき作成されています。最新の法令等につきましては、弁護士や司法書士、行政書士、税理士などの専門家等にご確認ください。なお、万が一記事により損害が生じた場合、弊社は一切の責任を負いかねますのであらかじめご了承ください。

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