未婚の子がいる場合の「相続」:内縁の妻や事実婚のパートナーはどうなる?
「籍は入れていないけれど、夫婦同然に暮らしている」 「事実婚の方が、お互い自立していて心地よい」
ライフスタイルの多様化により、こうした選択をするカップルは増えています。しかし、日本の法律(民法)は、まだこの変化に完全には追いついていません。
残酷な現実をお伝えしなければなりません。 どれだけ愛し合い、何十年連れ添ったとしても、婚姻届を出していないパートナー(内縁の妻・夫)には、相続権が一切ありません。
「未婚の子がいる場合、その子が相続するから大丈夫では?」 「いざとなったら、親戚もわかってくれるはず」
そう思っていると、パートナーが亡くなった瞬間、住む家を追われ、生活費を失い、路頭に迷うことになりかねません。 この記事では、未婚カップル・事実婚パートナーが直面する相続の「法的リスク」と、大切な人を守るために今すぐやるべき対策を解説します。
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1. 残酷なルール:内縁の妻・夫は「赤の他人」
まず、相続の基本ルールを確認しましょう。民法では、遺産を受け取れる人(法定相続人)が厳格に決まっています。
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配偶者(常に相続人)
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子(第1順位)
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直系尊属(親・祖父母/第2順位)
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兄弟姉妹(第3順位)
ここで言う「配偶者」とは、役所に婚姻届を出している法律婚の相手だけを指します。 つまり、事実婚のパートナーは、法的には「ただの同居人(赤の他人)」であり、遺産を1円も受け取る権利がありません。
2. ケーススタディ:「未婚の子」がいるとどうなる?
タイトルの通り、「未婚の子」がいる場合、状況はどう変わるのでしょうか。3つのパターンで見てみましょう。
ケース①:二人の間に「未婚の子(認知済み)」がいる場合
二人の間に子供がいて、父親が認知している場合。
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相続人: 「子供」が100%相続します。
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パートナー: 0円です。
子供が未成年の場合、親権者であるパートナーが財産を管理することになりますが、あくまで「子供の財産」です。パートナー自身の老後資金として自由に使えるわけではありません。
ケース②:亡くなったパートナーに「前妻(夫)との子」がいる場合
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相続人: 「前妻との子供」が100%相続します。
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パートナー: 0円です。
これが最もトラブルになりやすいケースです。疎遠だった前妻の子が突然現れ、「父の財産(今住んでいる家や預金)は全て私が相続します。あなたは出て行ってください」と主張されたら、法的に対抗する術はありません。
ケース③:子供がいない場合
ここが一番の落とし穴です。「子供がいないから、パートナーに回ってくるのでは?」というのは間違いです。
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相続人: 「亡くなった方の親」、親がいなければ「兄弟姉妹(または甥・姪)」が相続します。
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パートナー: 0円です。
長年連れ添って介護までしたのに、葬儀の場に突然現れた「疎遠な義理の兄弟」が、家も貯金もすべて持ち去っていく。そんな理不尽がまかり通るのが法律の世界です。
3. 実際に起きる「3つの悲劇」
対策をしていない事実婚カップルに降りかかる、典型的なトラブルを紹介します。
悲劇①:自宅からの退去・追い出し
「家は夫(パートナー)の名義」で住んでいる場合、その家は法定相続人(子供や兄弟)のものになります。 相続人から「家を売ってお金に変えたいから退去してほしい」と言われたら、居住権を主張するのは極めて困難です。最愛の人を失った悲しみの中で、引越し先を探さなければなりません。
悲劇②:預金口座の凍結
銀行は口座名義人が亡くなったことを知ると、口座を凍結します。 解除には「相続人全員の同意」が必要です。しかし、パートナーは相続人ではないため、手続きに関与できません。 生活費が入っている口座が使えなくなり、葬儀代さえ下ろせないという事態に陥ります。
悲劇③:「特別縁故者」への期待と失望
「相続人が誰もいない(子供も親も兄弟もいない)」というレアケースに限り、家庭裁判所に申し立てることで「特別縁故者(とくべつえんこしゃ)」として財産の一部をもらえる制度があります。 しかし、これには長い時間(1年以上)と複雑な手続きが必要で、必ず認められるとも限りません。「なんとかなるだろう」と頼りにするのは危険すぎます。
4. パートナーを守るための「3つの対策」
法的な権利がないなら、自分たちで「権利」を作るしかありません。以下の3つの方法で、籍を入れなくてもパートナーを守ることができます。
対策①:最強の切り札「公正証書遺言」を作る
事実婚カップルにとって、遺言書は「あったほうがいい」ものではなく、「なければならない」ものです。
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内容: 「全財産をパートナーの〇〇に遺贈(いぞう)する」と書き記します。
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形式: 必ず公証役場で「公正証書遺言」にしてください。自筆だと、死後に相続人たちと揉める隙を与えてしまいます。
【重要ポイント】兄弟には「遺留分」がない! 相続人が「兄弟姉妹」だけの場合、彼らには「最低限これだけはもらえる」という権利(遺留分)がありません。 つまり、遺言書さえあれば、兄弟に1円も渡さず、パートナーに100%財産を譲ることが法的に可能になります。
対策②:生命保険の受取人に指定する
遺言書よりも手っ取り早く、現金を渡せるのが生命保険です。 死亡保険金は、遺産分割協議を経ずに受取人がすぐに受け取れるため、当面の生活費や葬儀代になります。
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注意点: 通常、保険の受取人は「戸籍上の配偶者か2親等以内の血族」に限られます。しかし、最近は「事実婚でも証明書(住民票の未届の妻など)があればOK」とする保険会社が増えています。加入中の保険会社に確認しましょう。
対策③:生前贈与と「おしどり贈与」
自宅の名義を、元気なうちにパートナーに移してしまう方法です。 婚姻期間(事実婚含むかは税務署判断によるが厳しい)が20年以上の夫婦間で居住用不動産を贈与する場合、2,000万円まで非課税になる特例がありますが、これは事実婚には適用されません。 事実婚の場合は、通常の贈与税がかかりますが、将来の「追い出しリスク」を消すためのコストとして検討する価値はあります。
5. 住民票の「続柄」を確認しよう
最後に、今すぐできる確認事項があります。 二人が同居している場合、住民票の「続柄」はどうなっていますか?
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「同居人」となっている場合
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単なるルームシェアと同じ扱いです。
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「夫(未届)」「妻(未届)」となっている場合
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これが事実婚の公的な証明になります。
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この記載があることで、遺族年金(※条件あり)を受け取れたり、携帯電話の家族割が使えたり、生命保険の受取人になれたりと、社会保障面でのメリットが生まれます。まだの方は、役所で変更手続きを行いましょう。
まとめ:紙切れ一枚がないからこそ、準備が必要
「愛があれば、紙切れ(婚姻届)なんて関係ない」 それはその通りです。しかし、愛だけでは、亡くなった後にパートナーの生活を守ることはできません。
法律婚の夫婦は、法律という強力な鎧で守られています。 事実婚のカップルは、その鎧がありません。だからこそ、「遺言書」という自前の鎧を自分たちで用意する必要があります。
「もし明日、自分が事故に遭ったら、この人はこの家に住み続けられるだろうか?」 一度、真剣に想像してみてください。そして、パートナーの手を握りながら、将来の話を始めてみませんか。
