【家族信託】認知症対策と事業承継を両立する「財産管理の新しい形」
「社長である父が認知症になったら、会社の株はどうなる?」 「実家の不動産、父の名義のままだと売却も修繕もできなくなるって本当?」
超高齢社会の日本において、資産を持つシニア世代とその家族を悩ませるのが、「認知症による資産凍結」のリスクです。 成年後見制度や遺言書といった従来の方法ではカバーしきれない、柔軟かつ強力な財産管理の手法として、今、爆発的に注目を集めているのが「家族信託(かぞくしんたく)」です。
特に、会社経営者や不動産オーナーにとって、家族信託は「認知症対策」と「円滑な事業承継」を同時に叶える唯一無二のツールとなり得ます。
この記事では、難しく捉えられがちな家族信託の仕組みをわかりやすく解きほぐし、なぜこれが「財産管理の新しい形」と呼ばれるのか、そのメリットと活用法を徹底解説します。
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1. そもそも「家族信託」とは? 3人の登場人物
家族信託とは、一言で言えば「信頼できる家族に財産の管理権限だけを渡し、利益は引き続き自分が受け取る仕組み」です。
登場人物は以下の3人だけです。この関係性を理解すれば、仕組みの8割は分かったも同然です。
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委託者: 財産を持っている人(親・オーナー社長)。頼む人。
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受託者: 財産を管理・運用する人(信頼できる子・後継者)。頼まれる人。
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受益者: 財産から出る利益を受け取る人(親)。
ポイントは「メガネとケース」
通常、親(委託者)は、自分の財産(不動産や自社株)を「信託」という名の「箱(ケース)」に入れます。 その箱の「カギ(管理権)」を子供(受託者)に渡します。 しかし、その箱から生み出される「中身(家賃収入や配当金)」は、これまで通り親(受益者=委託者)が受け取ります。
これにより、「管理は子供に任せて安心」だけど「経済的なメリットは親のまま」という状態を作ることができるのです。
2. メリット①:認知症による「資産凍結」を回避する
家族信託が注目される最大の理由は、「成年後見制度(せいねんこうけんせいど)」の使い勝手の悪さを解消できる点にあります。
成年後見制度の限界
認知症になり判断能力を失うと、銀行口座は凍結され、不動産の売買もできなくなります。そこで「成年後見人」をつけるのが一般的ですが、この制度には大きな制約があります。
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目的は「財産の保護」: 財産を減らさないことが最優先されるため、「介護費用を捻出するために実家を売る」「アパートを建て替える」「株を運用する」といった積極的な活用が、家庭裁判所に認められないケースが多いのです。
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途中でやめられない: 一度つけると、本人が亡くなるまで原則外せません。専門家(弁護士など)が後見人になった場合、毎月数万円の報酬を払い続けることになります。
家族信託なら「積極活用」が可能
元気なうちに家族信託契約を結んでおけば、親が認知症になった後も、受託者である子供の判断で、柔軟に財産を動かせます。
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不動産の売却: 親のハンコは不要。受託者(子)の名前で契約し、売却代金は親(受益者)のために使えます。
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大規模修繕・建て替え: アパート経営の継続やテコ入れも、子供の判断でスムーズに行えます。
3. メリット②:経営者必見! 「議決権」だけを後継者に渡す
中小企業のオーナー社長にとって、自社株の扱いは頭の痛い問題です。 「息子に経営を譲りたいが、まだ株(財産)をすべて生前贈与するのは贈与税が怖いし、自分も配当は欲しい」 そんなジレンマも、家族信託なら解決できます。
自社株信託のスキーム
自社株を信託財産とすることで、株主の権利を分離します。
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議決権(経営権): 受託者である「後継者(子)」が行使する。
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配当受領権(財産権): 受益者である「先代(親)」が持ち続ける。
何が起きるか?
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経営の安定: 後継者は、実質的なオーナーとして株主総会で議決権を行使できます。親が認知症になっても、会社の意思決定がストップする「経営の空白」を防げます。
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贈与税ゼロ: 財産的価値(受益権)は親に残ったままなので、この時点では贈与税はかかりません。(※将来、相続が発生した時に相続税の対象になります)
つまり、「お財布(株価)は親が握ったまま、ハンドル(経営権)だけを息子に渡す」という、事業承継の理想的な形を即座に作れるのです。
4. メリット③:遺言書より強い! 「次の次」まで指定する
遺言書には限界があります。それは「自分の次の相続人しか指定できない」ということです。 「妻に相続させる」とは書けますが、「妻が死んだ後は、長男に相続させる(妻の実家には渡さない)」と書いても、法的な効力はありません。
しかし、家族信託には「受益者連続型信託(じゅえきしゃれんぞくがたしんたく)」という機能があります。
何代先までも指定可能
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第一受益者: 父(自分)
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父死亡後の第二受益者: 母(妻)
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母死亡後の第三受益者: 長男
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長男死亡後の帰属権利者(財産をもらう人): 孫
このように、信託契約の中で「資産承継のルート(順番)」をあらかじめ決めておくことができます。 これにより、「先祖代々の土地が、配偶者の再婚相手の手に渡る」といった事態を防ぎ、確実に直系の子孫に資産を引き継ぐことが可能になります。
5. 導入前に知っておくべき「コストと注意点」
万能に見える家族信託ですが、導入にはコストと手間がかかります。
初期費用は安くない
信託契約書は、公正証書で作成するのが一般的です。また、不動産の名義を「委託者」から「受託者」へ変更する登記(信託登記)も必要です。 コンサルティング費用や司法書士への報酬を含めると、信託財産の評価額にもよりますが、数十万円〜100万円単位の初期費用がかかることがあります。
損益通算ができない(不動産投資の注意点)
信託財産から生じた不動産所得の赤字は、なかったものとみなされます。 つまり、他の給与所得などの黒字と相殺して税金を安くする「損益通算」ができません。 大規模修繕などで赤字が見込まれる時期に信託を始めると、税務上不利になる可能性があります。
「家族会議」が必須
特定の子供を受託者(財産管理者)にするため、他の兄弟から「兄貴が親の財産を勝手に使い込んでいるのでは?」と疑われるリスクがあります。 導入にあたっては、推定相続人全員で話し合い、「なぜ信託をするのか」「誰が管理し、どう報告するのか」を共有し、納得を得ておくことが不可欠です。
まとめ:家族信託は「未来への設計図」
家族信託は、単なる節税対策ではありません。 親が元気なうちに、親の想いと資産を、信頼できる子供へ託すための「法的拘束力のあるバトンパス」です。
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認知症になっても資産を凍結させない。
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事業の舵取りをスムーズに後継者へ移す。
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自分が亡くなった後の配偶者の生活も守る。
これらを同時に叶える家族信託は、現代の家族が直面するリスクに対する最強の処方箋と言えるでしょう。 ただし、設計は非常に複雑です。「認知症になってから」では手遅れですので、親御さんがお元気なうちに、専門家を交えて検討を始めることを強くお勧めします。
