【相続税対策】生前贈与で使える「小規模宅地等の特例」の条件と適用例
「将来の相続税が心配だから、今のうちに土地を子供に名義変更(生前贈与)しておきたい」 「『小規模宅地等の特例』を使えば、土地の評価額が8割引きになると聞いたけど、贈与でも使えるの?」
相続税対策を考え始めた方の多くが、この「小規模宅地等の特例」という最強の節税カードに注目します。土地の評価額を最大80%も減額できるため、使わない手はありません。
しかし、結論から申し上げます。 この特例は、原則として「生前贈与」では使えません。
誤った知識で慌てて土地を贈与してしまうと、節税どころか、「特例が使えない」+「高い贈与税」+「高い移転コスト」のトリプルパンチで、数百万円〜数千万円単位の大損をする可能性があります。
この記事では、多くの人が誤解している「小規模宅地等の特例」の正しいルールと、生前贈与で土地を渡す際の落とし穴、そして本当に賢い対策について解説します。
![]()
1. 衝撃の事実! 「小規模宅地等の特例」は贈与で使えない
まず、この特例の威力を確認しましょう。
亡くなった人(被相続人)が住んでいた土地などを相続する場合、一定の条件を満たせば、330㎡(約100坪)まで評価額を80%減額できる制度です。
-
土地の評価額 5,000万円の場合
-
通常: 5,000万円に対して課税
-
特例適用: 1,000万円に対して課税(4,000万円が消える!)
-
これほど強力な効果があるため、「生きてるうちに贈与して、この特例を使いたい」と考えるのは自然です。しかし、この制度はあくまで「残された家族の住居や事業を守るための『相続税』の特例」です。
したがって、生前に土地をあげる「贈与」の段階では、この80%減額は一切適用されません。
2. 土地を生前贈与してはいけない「3つの理由」
「特例が使えないなら、普通に贈与すればいい」と思うかもしれませんが、不動産(特に自宅の土地)の生前贈与は、税制面で非常に不利な扱いを受けます。
理由①:贈与税は相続税より圧倒的に高い
日本の税制において、贈与税は「最も高い税金」の一つです。
特例による80%減額がない状態で、そのままの評価額(路線価)に対して高い税率の贈与税がかかります。
理由②:移転コスト(登録免許税・取得税)が高い
不動産の名義を変える際にかかるコストも、相続と贈与では大違いです。
| コストの種類 | 相続の場合 | 生前贈与の場合 |
| 登録免許税(登記費用) | 評価額の 0.4% | 評価額の 2.0%(5倍!) |
| 不動産取得税 | かからない(0円) | 評価額の 3%〜4% |
例えば、評価額2,000万円の土地を動かす場合、相続なら8万円で済む登記費用が、贈与だと40万円かかります。さらに相続ならゼロの不動産取得税が約60万円かかります。税金以外の諸経費だけで約100万円近く損をする計算です。
理由③:相続時に「特例」を使う権利自体が消滅する
これが最大の悲劇です。
「相続時精算課税制度(2,500万円まで贈与税がかからない制度)」を使って、とりあえず無税で土地を贈与したとします。
しかし、この制度を使っても、親が亡くなった時の相続税計算において、その土地には「小規模宅地等の特例(80%減額)」が使えなくなります。
なぜなら、親が亡くなった時点で、その土地はすでに「子供のもの」になっており、「親が所有していた土地」ではないからです。
結果として、「大人しく相続まで待っていれば80%引きだったのに、焦って贈与したせいで満額課税された」という大失敗に終わります。
3. 例外的に「贈与」で特例が使えるケースとは?
「原則として使えない」と書きましたが、極めて限定的な例外があります。それが**「特定事業用宅地等(個人版事業承継税制)」**に関わるケースです。
これは「居住用(自宅)」ではなく、「事業用(店舗や工場など)」の土地を後継者に贈与する場合に限り、一定の要件を満たせば贈与税の支払いを猶予(実質免除)できる制度です。
-
対象: 青色申告をしている事業用の土地など。
-
注意: 一般的なサラリーマン家庭の「マイホームの土地」には関係ありません。
つまり、「自宅の土地」に関しては、生前贈与で小規模宅地等の特例を使う裏ワザは存在しないと考えてください。
4. 正しい戦略:特例を確実に使うための「相続準備」
自宅の土地に関しては、「生前贈与せずに、相続まで持ち続ける」のが、最も賢い節税対策です。
その代わり、相続が起きた時に確実に特例(80%減額)を使えるよう、以下の条件(誰が継ぐか)を整えておくことが重要です。
適用条件のチェックリスト(「特定居住用宅地等」の場合)
誰が土地を相続するかによって、要件の厳しさが異なります。
-
配偶者(妻・夫)が相続する場合
-
条件: なし(無条件)。
-
同居していなくても、住んでいなくても、配偶者が取得すれば80%減額されます。最強です。
-
-
同居している親族(子供など)が相続する場合
-
条件: 相続税の申告期限(死後10ヶ月)まで、引き続きその家に住み、かつ土地を持ち続けること。
-
途中で売ったり引っ越したりすると適用されません。
-
-
別居している子供(家なき子)が相続する場合
-
条件: 親と同居している相続人がいない場合で、過去3年以内に「自分や配偶者の持ち家」に住んだことがないこと。
-
「賃貸暮らしの子供」が実家を継ぐ場合に使える特例(通称:家なき子特例)です。
-
5. それでも「生前贈与」したい場合の代替案
「どうしても生前に資産を移したい」「認知症になる前に土地を処分したい」という場合は、土地そのものを贈与するのではなく、別の方法を検討しましょう。
代替案①:土地を売って「現金」を贈与する
立地が良い土地なら、親が売却して現金化し、その現金を暦年贈与(年110万円以下)などで時間をかけて渡す。または、教育資金贈与などの非課税枠を使う方が、税務リスクは低いです。
代替案②:子供に「住宅取得資金」を贈与する
子供が家を建てる際、親の土地をあげるのではなく、「家を建てるためのお金(建築資金)」を贈与します。
「住宅取得等資金の贈与の特例」を使えば、最大500万円〜1,000万円(※時期により変動)まで非課税で贈与できます。土地は親名義のまま「使用貸借(タダで借りる)」にすれば、将来の相続時に小規模宅地等の特例も狙えます。
代替案③:相続時精算課税制度で「値上がり確実な土地」を贈与
もし、その土地が再開発などで将来的に「今の評価額の2倍、3倍になることが確実」なら、あえて「相続時精算課税制度」を使って今の安い評価額で贈与してしまう手はあります。
「小規模宅地の80%減」を捨ててでも、「将来の値上がり分の課税」を防ぐ方が得になるレアケースです。
まとめ:不動産の節税は「待つ」が吉
「小規模宅地等の特例」は、相続税対策におけるキング・オブ・特例です。
この権利を行使するためには、「土地は親の名義のままにしておく」という、一見何もしていないような状態が、実は最強の戦略になります。
-
自宅の土地は、生前贈与しない(コストが高すぎる)。
-
相続時に「誰が継ぐか」を決めておく(同居要件などを確認)。
-
どうしても資産を移すなら「現金」や「住宅資金」で。
「良かれと思って生前贈与したら、数千万円損をした」という悲劇を防ぐために、不動産を動かす前には必ず税理士などの専門家に相談してください。この分野は「知っているかどうか」だけで、残る資産の桁が変わります。
