年金受給開始を「70歳まで繰り下げる」判断基準チェックリスト

「年金は70歳まで待てば42%増える。75歳なら84%増える」

ニュースや雑誌でこのような数字を目にし、「長生きする時代だし、繰り下げたほうが絶対にお得だ」と考えている方は多いかもしれません。確かに、額面上の増加率は魅力的です。銀行預金の金利が低い今、これほど確実で利回りの高い金融商品は他にないようにも見えます。

しかし、ここには大きな落とし穴があります。「額面が増えること」と「手取りが増えて、生活が豊かになること」はイコールではありません。

安易に繰り下げを選択した結果、「税金が高くなって手取りが伸びない」「待っている間に貯金が尽きた」「配偶者の手当をもらい損ねた」と後悔するケースが後を絶たないのです。

今回は、あなたが本当に年金を繰り下げるべきか、それとも65歳から受け取るべきかを判断するための「最終チェックリスト」を作成しました。以下の4つの基準で、ご自身のプランを点検してみてください。

年金イメージ

チェック基準①:【寿命と健康】損益分岐点を超えられるか?

繰り下げ受給は、長生きすればするほど得をする「長寿ギャンブル」の側面があります。まずは、元を取れる年齢(損益分岐点)を知ることから始めましょう。

額面の分岐点:約82歳

65歳受給開始の人と、70歳受給開始の人(受給総額)が並ぶのは、受給開始から約12年後、つまり「81歳〜82歳」の時点です。これより長生きすれば、繰り下げた方が「受給総額」は多くなります。

手取りの分岐点:約86歳〜

しかし、現実には税金や社会保険料が引かれます。年金額が増えると、それらにかかる負担率も跳ね上がります。これを考慮した「実質的な手取り」での損益分岐点は、「86歳〜87歳」頃まで後ろ倒しになります。

✅ チェックリスト

  • [ ] 現在、深刻な持病がなく、健康状態に自信があるか?

  • [ ] 親族に長寿の人が多いか?(遺伝的要因)

  • [ ] 87歳以上生きる自信が、率直にあるか?

もし「80歳くらいまで生きられれば十分」と考えるなら、65歳から早めにもらって使い切る方が、人生の満足度は高いかもしれません。

チェック基準②:【資金力】「空白の5年間」を耐えられるか?

70歳まで繰り下げるということは、65歳からの5年間、「年金収入ゼロ」で暮らすことを意味します。

貯金の取り崩しスピード

この期間、生活費のすべてを「勤労収入」か「貯金の取り崩し」で賄わなければなりません。 例えば、夫婦の生活費が月25万円だとすると、5年間で1500万円が必要です。もし働かずに貯金だけで食いつなぐ場合、猛烈なスピードで通帳残高が減っていきます。

この「資産が減っていく恐怖」に5年間耐えられるメンタルがあるかどうかが重要です。

✅ チェックリスト

  • [ ] 65歳〜70歳の間、生活費を賄えるだけの「給与収入」があるか?

  • [ ] 収入がない場合、5年間で1000万円以上貯金が減っても不安にならない「十分な資産」があるか?

  • [ ] 急な病気や介護、家のリフォーム費用など、予備費は確保できているか?

「繰り下げ待機中に資金が不安になり、結局68歳で申請した」というケースも多いです。その場合、中途半端な増額率にしかなりません。

チェック基準③:【家族構成】「加給年金」の捨て金問題

これは最も見落としがちで、最も金額的な損失が大きいポイントです。 あなたに「年下の配偶者」がいる場合、「加給年金(かきゅうねんきん)」という家族手当がつく可能性があります。

年間約40万円の損失リスク

厚生年金に20年以上加入している人が65歳になった時、65歳未満の配偶者を扶養していれば、配偶者が65歳になるまで年間約40万円(特別加算込み)が上乗せされます。

しかし、あなたが年金を繰り下げている間は、この加給年金は1円も支給されません。 そして、待っている間に配偶者が65歳になってしまえば、受給権利は消滅します。つまり、5年間繰り下げると、最大で約200万円(40万円×5年)をもらい損ねる(捨て金になる)のです。

✅ チェックリスト

  • [ ] 生計を維持している「年下の配偶者」がいるか?

  • [ ] 配偶者との年齢差が大きいか?(大きいほど加給年金の総額が多い)

  • [ ] 繰り下げによる増額分は、加給年金(約200万円)を放棄してでも上回る金額か?

年下の奥様(旦那様)がいる方は、安易な繰り下げは禁物です。

チェック基準④:【万が一のリスク】遺族年金には反映されない

「自分が死んだ後、妻(夫)に少しでも多くのお金を残したいから、自分の年金を繰り下げて増やしておく」 これは、非常によくある勘違いです。

増額分は「一代限り」で消滅する

もしあなたが70歳まで繰り下げて年金額を42%増やしたとしても、その後にあなたが亡くなった場合、配偶者が受け取る「遺族厚生年金」の計算には、繰り下げ増額分は反映されません。 遺族年金は、あくまで「65歳時点での本来の年金額」をベースに計算されます。

つまり、頑張って受け取りを我慢して増やしても、あなたが亡くなった瞬間にその「増額ボーナス」は消滅し、残された家族には恩恵がないのです。

✅ チェックリスト

  • [ ] 「家族のために」と思って繰り下げようとしていないか?

  • [ ] 自分の健康状態は、配偶者より明らかに良好か?

5. 究極の折衷案「部分繰り下げ」という選択肢

ここまで読んで「繰り下げはリスクが高いな」と思った方。 実は、「基礎年金(1階部分)」と「厚生年金(2階部分)」を別々に繰り下げることができるのをご存知でしょうか?

これが、プロがおすすめする賢い折衷案です。

おすすめ戦略:厚生年金は65歳受給、基礎年金だけ70歳繰り下げ

  • 厚生年金(65歳から受給):

    • 加給年金(家族手当)をしっかり受け取る権利を確保する。

    • 在職老齢年金の調整を見ながら調整できる。

  • 基礎年金(70歳まで待機):

    • こちらを42%増額させる。基礎年金は一生涯のベースとなるため、ここを増やしておくと長生きリスクへの備えになる。

これなら、加給年金を捨てずに済み、かつ手元の資金繰りも楽にしつつ、将来の受給額アップも狙えます。

結論:何歳まで生きるか誰にも分からないからこそ

「70歳繰り下げ」が正解になるのは、以下の条件が揃った人だけです。

  1. 87歳以上生きる自信がある。

  2. 60代後半も十分な収入や資産がある。

  3. 年下の配偶者がいない(または加給年金を無視できるほど年金が多い)。

  4. 自分一人の老後を最大化したい(おひとり様など)。

これらに当てはまらない場合は、65歳から受け取り始めるか、あるいは「基礎年金のみ繰り下げ」を検討するのが安全策と言えるでしょう。

年金は「損得」も大切ですが、「安心」が一番です。 「いつ死ぬかわからないから、元気なうちにもらって、旅行や趣味に使って思い出に変える」 という選択も、立派な正解の一つです。

数字のマジックに惑わされず、あなたのライフプランに合った「受け取り時」を決めてください。

本記事の内容は、原則、記事執筆日時点の法令・制度等に基づき作成されています。最新の法令等につきましては、弁護士や司法書士、行政書士、税理士などの専門家等にご確認ください。なお、万が一記事により損害が生じた場合、弊社は一切の責任を負いかねますのであらかじめご了承ください。

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