iDeCo・企業型DCの「出口戦略」:退職金と年金、どちらで受け取るべきか?
「iDeCoや企業型DCで、老後資金をコツコツ積み立ててきた」 「運用益も出て、目標額に届きそうだ」
そんなあなたが最後に直面する最大の難関。それが「出口戦略(受け取り方)」です。
実は、確定拠出年金は「どう運用して増やすか」と同じくらい、あるいはそれ以上に「どうやって受け取るか」が重要です。なぜなら、受け取り方次第で、税金や社会保険料の負担額が数十万円、場合によっては百万円単位で変わってしまうからです。
「一時金(まとめて)」で受け取るか、「年金(分割)」で受け取るか、それとも「併用」か。 それぞれのメリット・デメリットと、あなたの状況に合わせた「手取り最大化」の正解ルートを解説します。
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1. 受け取り方は3パターン。税金の「区分」が違う
まず、iDeCoや企業型DCの受け取り方法は、大きく分けて以下の3つがあります(※金融機関のプランにより選択肢は異なります)。
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一時金受け取り: 全額をまとめてドカンと受け取る。
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年金受け取り: 5年〜20年などに分けて、コツコツ受け取る。
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併用受け取り: 一部をまとめて受け取り、残りを分割にする。
重要なのは、「受け取り方によって、税金の計算ルール(所得区分)がガラリと変わる」という点です。
| 受け取り方 | 所得区分 | 適用される控除 | 税制優遇 |
| 一時金 | 退職所得 | 退職所得控除 | 極めて大きい(最強) |
| 年金 | 雑所得 | 公的年金等控除 | 普通(公的年金と合算) |
結論から言うと、**日本の税制上、圧倒的に優遇されているのは「一時金(退職所得)」**です。しかし、誰にとっても一時金が正解とは限りません。それぞれの仕組みを詳しく見ていきましょう。
2. 最強の節税効果!「一時金(退職所得控除)」の魔力
「一時金」で受け取る最大のメリットは、「退職所得控除」という強力な非課税枠が使えることです。さらに、枠を超えた分も「課税対象が半分(2分の1)」になるという、サラリーマン最後のボーナスステージのような優遇があります。
控除額の計算式
退職所得控除額は、「勤続年数(iDeCoの場合は加入期間)」で決まります。
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勤続20年以下: 40万円 × 年数
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勤続20年超: 800万円 + 70万円 × (年数 - 20年)
【例:加入期間30年の場合】
800万円 + 70万円 × 10年 = 1500万円
つまり、iDeCoと退職金の合計が1500万円までなら、税金は1円もかかりません。 まるまる手取りになります。これが一時金受け取りが「王道」とされる理由です。
隠れたメリット:社会保険料がかからない
一時金(退職所得)は、翌年の国民健康保険料や介護保険料の計算に含まれません。現役引退直後の負担を抑えられる点も大きな魅力です。
3. 注意が必要な「年金受け取り(公的年金等控除)」
一方、「年金」として分割で受け取る場合は、「雑所得」扱いとなり、老齢基礎年金や老齢厚生年金と合算して税金が計算されます。
ここには「公的年金等控除」がありますが、枠はそれほど大きくありません。
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65歳未満: 年間60万円まで非課税
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65歳以上: 年間110万円まで非課税(※年金以外の所得が1000万円以下の場合)
年金受け取りの落とし穴
もし、あなたが充実した厚生年金を受け取る予定がある場合、そこにiDeCoの年金受取額が上乗せされると、以下のデメリットが発生するリスクがあります。
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所得税・住民税が増える: 合算されることで税率が上がる可能性がある。
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社会保険料が跳ね上がる: 国民健康保険料や介護保険料は「所得」に応じて決まるため、年金受取額が増えると保険料負担も激増する(窓口負担割合が1割→2割・3割に上がるリスクも)。
「毎月お金が入ってくる安心感」は魅力ですが、手取り面では不利になるケースが多いのが現実です。
4. あなたはどっち? ケース別・最適解シミュレーション
では、具体的にどちらを選ぶべきか。決定的な要因は「会社からの退職金がいくら出るか」です。
ケースA:会社からの退職金がない(または少ない)人
→ 【一時金受け取り】が絶対おすすめ
フリーランス、自営業、または退職金制度がない中小企業にお勤めの方です。
この場合、iDeCoの受け取りだけで「退職所得控除」の枠をフルに使えます。
例えば30年加入していれば1500万円まで非課税。多くの人が税金ゼロで受け取れるでしょう。迷わず一時金を選んでOKです。
ケースB:会社からの退職金が多い人
→ 【一時金と年金の併用】などの戦略が必要
大企業や公務員などで、2000万円近い退職金が出る場合、iDeCoを一時金で受け取ると「退職所得控除」の枠をオーバーしてしまう可能性が高いです。
この場合、以下の「3つの出口」を検討します。
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それでも一時金で受け取る:
枠を超えた分には課税されますが、「超過分の2分の1」にしか課税されないため、税率はまだ低いです。社会保険料への影響がない点を考慮すると、これでも十分お得なケースは多いです。
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枠からはみ出る分だけ「年金」にする(併用):
退職所得控除の枠ギリギリまでを「一時金」で受け取り、残りを「年金」で受け取る方法です。これなら税金の安いとこ取りが可能です。
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受け取る時期をずらす(5年ルール):
iDeCoと会社の退職金を別々のタイミングで受け取ることで、控除枠を復活させる高度なテクニックです(後述)。
5. 上級テクニック:「5年ルール」と「19年ルール」の壁
iDeCoと会社の退職金、両方をもらう人が絶対に知っておくべきルールがあります。それが「一定期間空けないと、控除枠が合算(共有)されてしまう」というルールです。
パターン①:iDeCoを先に、会社の退職金を後に受け取る場合
→ 【5年以上】空ければ、控除枠が復活する!
例えば、60歳でiDeCoを一時金で受け取ります。その後、65歳以降に会社の退職金を受け取れば、それぞれの受け取り時に「退職所得控除」をフル活用できます(※iDeCo受取から5年経過している必要がある)。
これは非常に有効な節税策です。60歳でiDeCoを受け取り、65歳まで再雇用で働いてから退職金をもらうスケジュールが黄金パターンです。
パターン②:会社の退職金を先に、iDeCoを後に受け取る場合
→ 【19年以上】空けないと、控除枠が復活しない…
こちらは非常に厳しいです。会社を60歳で退職し、iDeCoを79歳より後に受け取る…というのは現実的ではありません(iDeCoの受取期限は75歳までのため)。
つまり、「会社が先」の場合、事実上、控除枠は共有されると考えてください。
【結論】 迷ったら「iDeCoを先(60歳)」に受け取るのが有利なケースが多いです。
6. 結論:出口戦略のロードマップ
最後に、失敗しないための判断手順をまとめます。
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「退職所得控除額」を計算する
(勤続年数 × 40万円 or 70万円+800万円)
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「会社の退職金見込額」を確認する
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iDeCoの残高と合算してみる
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枠内なら: 全額「一時金」で受け取る。
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枠外なら: はみ出る部分の金額と、公的年金の受給額を見比べる。
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公的年金が少ないなら、はみ出る分を「年金受け取り」にする。
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公的年金が多いなら、あえて税金を払ってでも「一時金」にするか、受取時期を5年ずらす(iDeCo先取り)。
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最後の落とし穴:運用商品への指図
受け取りが決まったら、運用商品をどうするかも重要です。
受け取り直前に大暴落が起きて資産が減っては泣くに泣けません。受け取り開始の数年前から、株式ファンドを徐々に売却し、「定期預金」などの元本確保型商品にスイッチ(預け替え)して、利益を確定させておくのが賢明です。
iDeCoや企業型DCは、受け取り方一つで、老後の旅行一回分、あるいは車の買い替え一回分くらいの金額差が生まれます。
「面倒だから全部まとめて適当に」とハンコを押す前に、一度電卓を叩いてみてください。
その少しの手間が、あなたの老後資産を守る最後の、そして最大のファインプレーになるはずです。
