海外資産や海外在住者が絡む「国際相続」:日本の法律はどこまで適用されるか?

グローバル化が進む現代、「子供が海外で働いている」「海外にコンドミニアムを持っている」「外国株に投資している」といったケースは珍しくありません。

しかし、いざ相続が発生したとき、国境をまたぐ「国際相続(こくさいそうぞく)」は、国内だけの相続とは比較にならないほどの複雑さとリスクをはらんでいます。

「日本の法律で分けられるの?」 「税金は日本と海外、どっちに払うの?」

この疑問に対する答えを間違えると、「二重課税」「遺産凍結(プロベート)」といった深刻なトラブルに巻き込まれ、資産がほとんど手元に残らない事態にもなりかねません。

この記事では、海外資産や海外在住者が絡む相続において、日本の法律がどこまで適用されるのか、そして国際相続特有の落とし穴と対策について解説します。

1. どこの国の法律で分ける? 「準拠法」のルール

まず、「遺産を誰がどれだけ相続するか(遺産分割)」というルールは、どこの国の法律に従うのでしょうか。これを「準拠法(じゅんきょほう)」と言います。

日本のルール:「本国法主義」

日本の法律(法の適用に関する通則法)では、「相続は、被相続人(亡くなった人)の本国法による」と定められています。 つまり、亡くなった方が日本国籍であれば、たとえアメリカに住んでいても、遺産がシンガポールにあっても、原則として「日本の民法」に従って遺産分割を行います。

海外のルール:「住所地法主義」や「分割主義」

問題は、相手国が同じ考えとは限らないことです。

  • 住所地法主義(英米法系など): 「亡くなった時に住んでいた国の法律に従う」

  • 遺産分割主義(不動産など): 「不動産がある国の法律に従う」

【トラブルの例】 日本人の父が、ハワイ(米国)に別荘を残して亡くなった場合。

  • 日本側: 「父は日本人だから、ハワイの別荘も日本の法律で分けるべき」

  • 米国側: 「不動産はハワイにあるから、ハワイ州法で分けるべき」

このように法律の適用関係が衝突し(反致など)、解決までに膨大な時間と弁護士費用がかかるケースがあります。


2. 税金はどこに払う? 「課税範囲」のルール

次に、最も気になる「相続税」の話です。 結論から言うと、日本の相続税は「世界中の財産」に対して課税されるケースが非常に多いです。

「無制限納税義務者」とは?

相続人(もらう人)や被相続人(亡くなった人)が日本に住んでいる場合、国内外を問わず、すべての財産に日本の相続税がかかります。 「海外の銀行にある預金だから、日本の税務署にはバレないし関係ない」という考えは、脱税になります。現在はCRS(共通報告基準)により、各国の口座情報は日本の国税庁に筒抜けになっています。

海外在住者でも課税される?

「子供が海外に移住して10年以上経つから、日本の相続税はかからないのでは?」 これも誤解が多い点です。

  • 10年ルール: 被相続人(親)と相続人(子)の双方が、相続前10年を超えて日本国外に住んでいる場合に限り、海外資産への日本の相続税は免除されます(※国内資産にはかかります)。

  • 親が日本にいる場合: 子がどれだけ長く海外に住んでいても、海外資産を含めた全財産に日本の相続税がかかります。

二重課税のリスクと「外国税額控除」

海外にある財産に対して、現地の国でも相続税(遺産税)がかかる場合があります。 この場合、「日本」と「現地」の両方で税金を払う「二重課税」が発生します。これを調整するために、日本で払う相続税から、海外で払った分を差し引く「外国税額控除」という制度がありますが、税率の違いや為替の影響で完全に相殺されるとは限りません。


3. 最大の難関:「プロベート(検認裁判)」の罠

欧米諸国(アメリカ、イギリス、カナダ、香港、シンガポールなど)に資産を持っている場合、日本人が最も苦しむのが「プロベート(Probate)」という手続きです。

プロベートとは?

英米法系の国では、人が亡くなると資産が一時的に凍結され、裁判所の管理下に入ります。 裁判所で遺言書の有効性を確認したり、遺産管理人を選任したりして、債務の精算が終わるまで遺族は資産に一切触ることができません。

日本人にとってのデメリット

  1. 時間がかかる: 手続き完了まで平均して1年〜3年、長いとそれ以上かかります。

  2. 費用が高い: 現地の弁護士費用や裁判所費用で、遺産総額の数%〜10%程度が消えてしまいます。

  3. 英語対応: 全て現地語での法的手続きが必要です。

日本の「遺産分割協議書」を持って銀行に行っても、「プロベートを通していないので解約できません」と門前払いされます。これが国際相続の最大の落とし穴です。


4. 国際相続トラブルを防ぐ「3つの対策」

このような複雑な事態を避けるために、生前にできる対策があります。

対策①:現地の方式に則った「遺言書」を作成する

プロベートをスムーズに進める、あるいは回避するために最も有効なのが、「資産がある国ごとの遺言書」です。 日本の遺言書だけでなく、例えばハワイに不動産があるなら、ハワイ州法に準拠した遺言書も作成しておきます。

対策②:ジョイント・テナンシー(合有権)の活用

アメリカやハワイの不動産や銀行口座で使える方法です。夫婦などで「ジョイント・テナンシー」という名義にしておくと、片方が亡くなった際、プロベートを経ずに、もう片方に自動的に権利が移転します(※日本の相続税法上は贈与や相続とみなされるため、税務上の注意は必要です)。

対策③:海外資産の「生前処分(組み換え)」

もし管理しきれない海外資産があるなら、元気なうちに売却して「日本国内の資産」に戻しておくのが、最も確実なトラブル回避策です。 また、海外のコンドミニアムなどを子供に生前贈与する場合も、現地の税制と日本の贈与税の両方を考慮した慎重なプランニングが必要です。


まとめ:国境を越える資産には「国境を越える準備」を

「海外資産」は響きが良いですが、相続においては「時限爆弾」になりかねません。

  1. 法律(準拠法): 国によってルールが違うため、揉める原因になる。

  2. 税金: 日本と海外の両方で課税されるリスクがある。

  3. 手続き: プロベートにより、資産が数年間凍結される恐れがある。

これらを解決するには、日本の税理士だけでなく、現地の法律に詳しい専門家との連携が不可欠です。 「うちは大丈夫だろう」と放置せず、資産がある国のルールを早めに確認することをお勧めします。

本記事の内容は、原則、記事執筆日時点の法令・制度等に基づき作成されています。最新の法令等につきましては、弁護士や司法書士、行政書士、税理士などの専門家等にご確認ください。なお、万が一記事により損害が生じた場合、弊社は一切の責任を負いかねますのであらかじめご了承ください。

関連記事

前の記事へ

相続税の「税務調査」を回避する! 税理士が教える生前贈与の記録方法

次の記事へ

【家族信託】認知症対策と事業承継を両立する「財産管理の新しい形」