自宅での「看取り」を選ぶ:準備すべきことと家族の心のケア
「最期は住み慣れた我が家で迎えたい」 「病院のベッドではなく、家族に囲まれて旅立ちたい」
厚生労働省の調査によると、約7割の人が「自宅での療養・看取り」を希望しています。しかし、実際に自宅で最期を迎えられる人は約15%にとどまるのが現状です。
なぜ、このギャップが生まれるのでしょうか? それは、「家族の負担への不安」と「急変時の対応への恐怖」が大きな壁となっているからです。
「自宅での看取り(在宅看取り)」は、決して楽な道ではありませんが、十分な準備と知識があれば、病院では得られない「温かく、尊厳のある時間」を過ごすことができます。
この記事では、自宅看取りを実現するために必要な「4つの準備」と、支える家族が潰れないための「心のケア」について、現場の視点から解説します。
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1. 自宅看取りを決める前に知っておくべきこと
まず、「自宅で看取る」とはどういうことか、その現実を直視する必要があります。
病院との決定的な違い
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病院: 24時間医師や看護師がそばにいて、医療機器で管理される「治療の場」。
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自宅: 家族が主体となって生活を支え、医療者が訪問してサポートする「生活の場」。
自宅看取りは、医療的な延命措置(人工呼吸器など)を最小限にし、「その人らしく枯れていく過程」を見守る時間です。 「何かあったらすぐに救急車を呼んで助けてもらう」というスタンスでは、自宅看取りは成立しません。救急車を呼べば、搬送先の病院で延命治療が始まり、本人の「家で死にたい」という願いが叶わなくなる可能性があるからです。
2. 実現のための「4つの準備」
自宅看取りを成功させるには、以下の4つの体制を整えることが不可欠です。
準備①:在宅医(往診医)を見つける
これが最重要です。通院できなくなった患者の自宅へ定期的に(月2回など)訪問診療を行い、24時間365日対応してくれる「在宅療養支援診療所」と契約する必要があります。 彼らは、痛みの緩和ケアを行い、最期の時が来たら自宅で死亡診断書を書いてくれます(=警察沙汰にならずに済みます)。
準備②:訪問看護ステーションとの契約
医師よりも頻繁に訪問し、家族の頼れる相談相手となるのが「訪問看護師」です。 清拭(体を拭く)、点滴の管理、床ずれの処置だけでなく、「死期が近づいた時の兆候」や「家族がどう接すればいいか」を具体的に教えてくれる、精神的な支柱となります。
準備③:介護環境の整備(ケアマネジャーと相談)
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介護ベッド: 必須です。家族の腰の負担を減らし、本人の起き上がりを助けます。
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ポータブルトイレ: トイレまでの移動が辛くなった時に備えます。
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エアコン等の空調: 体温調整ができなくなるため、快適な室温管理が重要です。
準備④:家族内での「覚悟」の共有
「やっぱり病院に入れた方がいいんじゃないか?」「点滴もしないなんて見殺しにするのか?」 親族間で意見が割れると、介護者は精神的に追い詰められます。 主要な家族だけでなく、遠方の親族も含めて「本人の希望で、家で看取ることにした。延命治療はしない」という合意形成をしっかり行っておくことが、トラブル回避の鍵です。
3. 「その時」が来たらどうする? 身体の変化を知る
看取りで最も家族がパニックになるのは、「死に至る身体の変化」を知らない場合です。 「苦しそう! 救急車を呼ばなきゃ!」とならないよう、自然なプロセスの知識を持っておきましょう。
死の数日前〜数時間前に起きる変化(例)
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食事や水分を摂らなくなる:
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家族の心理: 「食べさせなきゃ死んでしまう」と無理に口に入れようとする。
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正解: 無理強いは禁物。体は自然に「枯れる」準備をしており、水分を入れると逆にむくみや痰(たん)の原因になり、苦痛を与えます。
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呼吸が変わる(下顎呼吸):
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現象: アゴをしゃくりあげるような呼吸や、数秒間呼吸が止まることが繰り返される。
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正解: 苦しそうに見えますが、脳内麻薬が分泌されており、本人は苦痛を感じていないことが多いです。静かに見守りましょう。
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手足が冷たくなる・チアノーゼ:
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血液の循環が悪くなり、手足の先から冷たく、紫色になっていきます。
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これらは「異常事態」ではなく、「旅立ちの準備」です。医師や訪問看護師から事前に説明を受け、「こういう状態になったら、もうすぐお別れなんだな」と心構えをしておくことが大切です。
4. 介護する家族の「心のケア」
在宅看取りは、家族にとって肉体的・精神的に過酷なレースです。特に「キーパーソン(主介護者)」が燃え尽きないための対策が必要です。
「100点満点の介護」を目指さない
「ずっとそばにいてあげなきゃ」「トイレを失敗させちゃいけない」と完璧を目指すと、必ず破綻します。 プロのサービス(ヘルパーや訪問入浴)をフル活用し、「手抜き」ではなく「息抜き」をしてください。介護者が笑顔でいることが、患者本人にとって一番の安らぎです。
「不安」を吐き出す場所を作る
「本当にこれでいいのか?」「いつまで続くのか?」という不安は、一人で抱え込まず、訪問看護師や医師にぶつけてください。彼らは医療だけでなく、家族のメンタルケアのプロでもあります。 「辛いです」「怖いです」と弱音を吐くことは、介護を続けるために必要なことです。
最期に立ち会えなくても自分を責めない
24時間365日、一瞬たりとも目を離さずにいることは不可能です。 トイレに行っている間や、買い物に出ている間に息を引き取ることもあります。 「看取れなかった」と後悔する人がいますが、それは「あなたが少し離れた隙を選んで、家族に負担をかけないように旅立った」とも言われます。 大切なのは「死ぬ瞬間に立ち会うこと」ではなく、「それまでの時間をどう過ごしたか」です。
まとめ:自宅看取りは「家族の共同作業」
自宅での看取りは、大変なことばかりではありません。 好きな音楽をかけ、ペットを抱き、孫の声を聞きながら、穏やかに時を過ごす。病院の面会時間やルールに縛られず、家族が「ありがとう」を伝え合う濃密な時間を持つことができます。
「いい人生だった」と本人が思えること。 「十分やりきった」と家族が思えること。
それが達成できれば、自宅看取りは成功です。 不安なことは全部、在宅医やケアマネジャーに相談してください。チーム全員で、あなたとご家族の「最期の時間」を支えてくれます。
