自分の「尊厳死」について意思表示する! リビング・ウィルの作成手順

「もしも、回復の見込みがない植物状態になったら、延命治療はどうしてほしいですか?」 「もしも、癌の末期で激痛に襲われたら、意識が朦朧としても痛みを取ることを優先しますか?」

この問いに、今のあなたは答えられるかもしれません。しかし、実際にその時が来たとき、あなたはもう「自分の声」で医師や家族に希望を伝えることができない可能性が高いのです。

自分の最期を、チューブに繋がれて過ごすのか、自然な形で安らかに迎えるのか。 その意思を元気なうちに書面に残しておくものが「リビング・ウィル(尊厳死宣言書)」です。

これは単なる「治療拒否の書類」ではありません。残される家族を「決断の苦しみ」から救うための、最後のラブレターでもあります。

この記事では、日本におけるリビング・ウィルの効力と、法的・医療的に有効な作成手順について、初めての方にも分かりやすく解説します。

1. そもそも「リビング・ウィル」とは?

リビング・ウィル(Living Will)とは、日本語で**「生前の意思表示」と訳されます。 具体的には、回復の見込みがない終末期状態になった際、「人工呼吸器や胃ろうなどの延命措置を差し控え(または中止し)、人間としての尊厳を保ちながら自然な死を迎えたい」**という意思を、あらかじめ書面に残したものです。

「安楽死」との決定的な違い

よく混同されますが、日本で議論される「尊厳死(リビング・ウィル)」と「安楽死」は別物です。

  • 安楽死(積極的安楽死): 医師が薬物を投与するなどして、意図的に死期を早めること。日本では違法(殺人罪等)です。

  • 尊厳死(消極的安楽死): 無理な延命治療を行わず、自然な死を迎えさせること。これは、本人の意思と医学的妥当性があれば許容されています。

日本での法的効力は?

現時点(2024年)で、日本には尊厳死を直接認める法律はありません。 しかし、厚生労働省のガイドラインや裁判例により、「本人の事前の意思表示(リビング・ウィル)」があり、かつ「医師の医学的判断」が一致すれば、延命治療の中止は法的に問題ないという解釈が定着しています。

つまり、「書いておけば100%叶うわけではないが、書いておかないと叶わない可能性が高い」のが日本の現状です。


2. なぜ作成すべきなのか? 家族を救う「免罪符」

リビング・ウィルを作成する最大のメリットは、自分のためというより、「家族のため」にあります。

もしあなたが倒れ、意思表示ができなくなった時、医師は家族にこう尋ねます。 「人工呼吸器をつけますか? 一度つけたら外せませんが、どうしますか?」 「胃に穴を開けて栄養を送りますか(胃ろう)? それとも……」

この「命の選択」を、愛する家族に背負わせるのはあまりにも残酷です。 「延命しなければ親を見殺しにするようで辛い」 「でも、あんなに苦しそうな姿を見ているのも辛い」 家族は板挟みになり、一生消えない罪悪感や後悔を抱えることになりかねません。

そんな時、あなたの書いたリビング・ウィルがあれば、それは「これは本人が望んだことだから」と、家族が自分たちを納得させるための「免罪符」となり、心の重荷を劇的に軽くすることができるのです。


3. リビング・ウィルを作成する「3つの方法」

では、具体的にどのように作成すればよいのでしょうか。大きく分けて3つのパターンがあります。

方法①:日本尊厳死協会に入会する(最も一般的)

一般財団法人「日本尊厳死協会」に入会し、会員として宣言書を登録する方法です。

  • メリット: 医師への認知度が非常に高い。原本を協会が預かってくれるため紛失リスクがない。会員証を携帯できる。

  • 費用: 年会費2,000円〜(入会金別途)。

  • 特徴: 多くの医療現場で提示されており、最もスムーズに受け入れられやすい形式です。

方法②:公証役場で「公正証書」にする(最も確実)

公証人(法律のプロ)に作成してもらい、保管してもらう方法です(尊厳死宣言公正証書)。

  • メリット: 公文書としての証拠能力が最強。本人の真意であることが法的に証明される。

  • 費用: 手数料1万数千円程度(作成時のみ)。

  • 特徴: 「絶対に自分の意思を尊重してほしい」という強い意志がある場合や、親族間で意見が割れそうな場合におすすめです。

方法③:自分で書く(私署証書)

特定のフォーマットはありませんが、必要事項を紙に書き、署名捺印する方法です。

  • メリット: 費用がかからない。

  • デメリット: 形式不備のリスクがある。発見されない、または改ざん・破棄されるリスクがある。医療現場で「本人の本当の意思か?」と疑われる可能性がある。


4. 失敗しないための作成ステップ【実践編】

ただ紙に書くだけでは不十分です。実際に医療現場で効力を発揮させるための手順を解説します。

ステップ1:内容を検討する

以下の項目について、自分の希望を整理します。

  • 植物状態になった時: 生命維持措置(人工呼吸器、人工透析など)を望むか、望まないか。

  • 終末期(死期が迫っている時): 心肺蘇生措置、昇圧剤の投与、高カロリー輸液などを望むか。

  • 栄養補給: 口から食べられなくなった時、胃ろうや鼻チューブを望むか。

  • 疼痛緩和: 死期が早まったとしても、麻薬などを使って痛みを完全に取り除いてほしいか(緩和ケアの希望)。

ステップ2:【最重要】家族と話し合う(人生会議)

これが最も重要なプロセスです。 いくら立派な書類があっても、いざという時に家族が「やっぱり延命してください!」と泣いて懇願すれば、医師はトラブルを避けるために家族の意向を優先せざるを得ません。

リビング・ウィルを作成する前に、必ず家族(キーパーソン)に内容を見せ、「なぜそうしたいのか」を話し合い、同意を得ておく(署名をもらう)ことが不可欠です。これを厚生労働省は「人生会議(ACP)」と呼んで推奨しています。

ステップ3:書類を作成し、託す

前述の3つの方法のいずれかで作成します。 そして、完成した書類のコピーや保管場所を、必ず「いざという時に駆けつける家族」「かかりつけ医」に伝えておきます。 タンスの奥にしまい込んでいては、何の意味もありません。

ステップ4:定期的に見直す

人の気持ちは変わります。「やっぱりもう少し生きたい」と思うかもしれません。 リビング・ウィルは、いつでも撤回・変更が可能です。数年に一度は見直し、日付を更新することで、「今の意思」であることを証明できます。


5. 知っておくべき注意点

  • 救急搬送時は適用されないことが多い: 救急隊員には「救命」の義務があります。リビング・ウィルを提示しても、搬送中は蘇生措置が行われます。効力を発揮するのは、病院に到着し、医師が「回復の見込みがない」と診断した後です。

  • 「自殺」や「治療拒否」とは違う: 回復可能な病気や怪我の治療を拒否するものではありません。あくまで「死期が迫っている状態」での延命措置に対する意思表示です。


まとめ:それは「死ぬ準備」ではなく「生きる準備」

リビング・ウィルの作成は、「死」を待つためのものではありません。 「不必要な延命はしない」と決めることで、「限られた最期の時間を、管に繋がれて天井を見つめるのではなく、愛する家族の手を握って過ごしたい」という、「どう生き切るか」の宣言なのです。

そして何より、それは残される家族への最大の贈り物になります。 「これでよかったんだ。お父さん(お母さん)の希望通りにできたんだ」 そう思えることが、遺族のその後の人生を支える光になります。

まだ元気な今だからこそ、冷静に考え、話し合うことができます。 まずは今夜の夕食時、「もしもの話だけど…」と家族に切り出すところから始めてみませんか?

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